ウェグナーのように「リ・デザイン」を繰り返した男、水之江忠臣。

「デザイナーは一生にひとつ、本当に良いものが残せたらそれでいい」

Tendo / 天童木工より発売の水之江忠臣がデザインしたブックチェア/図書館椅子。T-0507N(当時はM-0507)の品番が付くチェア。
最近、4脚もリスタイルに入荷したので、水之江忠臣というデザイナーをご紹介したい。

とにかく寡黙な人だったといわれる水之江さんは、1921年大分県に生まれ、日本大学専門部工科建築科を卒業後、実は前川國男建築設計事務所に入所したお方。
数多くの作品を手掛けるのではなく、ひとつの作品に何度も改良を重ねてウェグナーも信念としていた「リ・デザイン」を重ねに重ねてより優れた家具を生み出すことを目指しました。
そして水之江さんは、このこのブックチェアのリ・デザインをライフワークとしていたそう。最初にこの椅子を手掛けたのは1953~54年頃。夜中でも目が覚めると、朝まで待てずにスケッチを描いて朝一番に「スガサワ君に電話しなきゃ」と、当時の天童木工の取締役開発部長だった菅沢光政さんと何度も打ち合わせを重ねたそうです。

彼の残したこの作品からは「デザイナーは一生にひとつ、本当に良いものが残せたらそれでいい」と語る彼の哲学が感じられます。


徹底的に引き算するものづくり

デザイナーの深沢直人さんや佐藤オオキさん、スティーヴ・ジョブスも大切としていた「引き算」するデザイン。
「美をつくるのに、大きいものである必要はない。椅子は小さな建築。」という名言もある水之江さん。
このチェアをデザインした当時、日本はとにかく貧しく、ものが無かった時代。「大きいことは良いことだ。」という言葉が流行ったぐらいに、大きくデコラティブ、大げさなまで偉そうに見えるものが大衆に支持された時代。当時の時代背景からはやむ負えないことであるが、そんな中でも水之江さんは、デザインを究極なまでにそぎ落としそぎ落として、作品を磨いていきました。
ミニマリスト、シンプリスト、引き算の美学、無駄を省いた最小限のデザインが評価される今だからこそ、このチェアの魅力を改めて知ってほしいです。


リ・デザインの姿勢

手元にこの貴重なヴィンテージのブックチェア(T-0507N7)があるうちにじっくり眺めてみておきたい。
現行のものと比べてみると、まずパッと見は、やはり色。このチークならではの美しい木目と経年によって生まれた飴色のあたたかさ。チークのオイルフィニッシュ、ヴィンテージならでは。チークのオイルフィニッシュを使ったのは、北欧に造詣が深かった水之江さんの希望とのこと。


造形で言うと、現行品の方が日本人の体形に合わせて背もたれが若干高いそう。あとは天童木工の誇る成形合板の背もたれの厚みがヴィンテージモデルの方が若干厚みがある。技術の向上で若干薄手にしても強度を保つようになったのだろうか。


また、座面のカーブにも変化が。ヴィンテージモデルの方が中央の凹みが深いとのこと。これは現行品を買ってじっくり見比べてみないと分からないかな…。


現在の形に至るまでに、100回以上もの試作を重ねたといわれるこのチェア。天童木工の会議室が試作品で溢れかえる程だったとか。
あとはなんと言っても、昔の天童木工のロゴ!ロゴデザインフェチの私にとったらたまらない部分。昔のロゴってなぜこんなにも惹かれるんだろう。



“図書館の椅子”がダイニングでも大活躍。

水之江さんは、前川國男が設計した神奈川県立図書館のインテリアを担当し、閲覧用のイスとしてこのチェアは生まれました。この椅子がずらっと並んだ図書館の写真は圧巻です。
その後テーブルが追加され、家庭向けのダイニングセットととして天童木工のラインナップに追加。現在でも天童木工のカタログに掲載されています。
高度経済成長期の狭いダイニングスペースでも十分に使えるよう、コンパクトな設計。1964年にチェア、1966年にテーブルがグッドデザイン賞を受賞しています。


互いに支えあい強度を増すチェア。

この椅子の構造は、ブナの無垢材のサイドフレームに成形合板の背と座を組み合わせたシンプルなものだが、製造は意外と難しい。と天童木工の開発部長だった菅沢光政さんも語る。すべての部材が互いに支えあっているため、精密さが求められ、手が抜けないとのこと。


サイドフレームの強度が椅子の命でもあるが、ここではクギを使わずに部材を合わせたホゾ組の脚部の剛性が命。良質なブナの無垢材がそれを支えています。座板と背板はサイドフレームに直接ホゾ入れされている。無駄がない美しいデザイン。

その出来から、建築家が自身の住宅にこの椅子を指名することも多かったそうで、デザインのプロにファンの多い作品ともいえます。
このチェアのヴィンテージチェアが手に入るのは、中古家具屋ならではの特権な気もしますね。


“ウェグナーも認めていた水之江忠臣という男

彼は、私費で北欧・イタリア・アメリカを歴訪し、デザインの見聞を広めたといわれています。ハンス・J・ウェグナーやハーマンミラー社にも積極的に訪問。
海外の名作と呼ばれるイスの研究を通じ、チャールズ・イームズやハンス・J・ウェグナーといった名だたるデザイナーたちとも交流を深めます。
あのウェグナーには「私の日本の弟子」と言われるほど信頼を得ていたそうです。ウェグナーとクリスマスカードや手紙を通じて何度もやりとりしていたという。…なんともうらやましい。


「住まいのデザインもクルマと同様、時代の傾向にあったスタイルをとるべきである」という持論を唱えていた水之江氏。
「そのためにも、家具メーカーは常に市場を研究し、その変化に対応していかなければならない」家具デザイナーだけでなく、すべてのものを作る人々に伝えたい言葉。人の話をよく聞き、それでいて譲れないところはきっちりと押さえていた水之江さんの人柄も想像できますね。


リスタイルでは、名作家具が続々と入荷します。歴史を作ってきた名作家具から学ぶことはたくさんあります。
こういった名作家具を少しずつ紹介し、知るだけでなく、多くの人に実際に暮らしの一部として取り入れてもらいたいと思っています。名作家具のある生活で、暮らしを豊かに、使い捨ての世の中ではなく循環する経済を目指しています。

(文:柴田)






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